福島県浪江町のストリートビューの公開によせて

2013 年 3 月 28 日
Posted by: 馬場有/福島県浪江町 町長

※ 本ブログポストは、福島県浪江町町長 馬場有様にご寄稿いただきました。

本日、浪江町がGoogle マップのストリートビューでご覧いただけるようになりました。

浪江町は日本の太平洋に面する福島県浜通りにあります。海、山を有し、「海と緑にふれあう」美しい町です。それが 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災とそれに伴う原発事故により、21,000 人の全町民が今も全国に避難しています。

震災から 2 年経過した今でも、浪江町には自由に立ち入ることができません。多くの町民から、ふるさとの状況を見たいという声があります。また、世界的にも原発事故の悲惨な状況を映像で見たいという方がたくさんいらっしゃると思います。

Google の協力で、今回ストリートビューで町のありのままの姿を多くの町民の皆さまにお知らせできること、世界に発信できるということをとても、嬉しく思っています。


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ここは浪江町のメインストリートの一つで、町の様々なイベントの会場となります。町一番のイベントである秋の十日市祭は、この 600 m の通りに 300 以上の露店が並び、 21,000 人の町へ 3 日間で 10 万人以上が訪れる近隣町村、最大の祭りです。


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現在は、地震により倒壊した建物も撤去できず、痛んだ建物も補修ができないため、余震によるさらなる被害を防ぐこともできません。


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ここは、太平洋から一キロほどの地域です。左側の奥には請戸小学校が見えます。震災前の請戸漁港には約 140 艘の漁船があり、 500 軒ほどの漁師町で賑わっていました。請戸地区は、浪江町の中でも津波被害が甚大な地域ですが、警戒区域のため道路脇にガレキを集めることしかできていません。

震災後も、世界は未来へと進んでいます。日本も、東日本大震災を教訓にしながら復興へ歩み始めています。しかし、浪江町は震災から時が止まったまま、原子力災害のため 2 年が経過しても応急的な処置しかできません。町の現状をご覧いただき、その重さを感じていただければ幸いです。

私達大人は、先人達から受け継いだふるさとを子ども達へ渡していかなければいけません。そして、福島の原発事故を知らない世代へも、その姿と、営々と築き上げてきた歴史と文化を伝えていくことが、我々の世代に課せられた責任だと思います。ストリートビューによる発信が、未来の世代にも、東日本大震災と原子力災害が引き起こしたありのままの姿を伝えてくれることを願っています。

最後に、私達は約束します。原子力災害からの復興には、長い年月と多くの人々の協力が必要です。しかし、私達はふるさとを取り戻すことを決して諦めません。

時刻 5:00